2007年09月18日

どこまで本気になれるか

「わが家のスゴイ人GP」を見ました。
途中から見たのですが、ちょうど
「カミカゼ特攻隊から生還した」方のお話でした。

以前、同じこの番組で「戦艦大和から生還した」方のお話をやっていましたが、こういう実体験を聞くことは実に貴重だと思います。
再現ドラマではありますが、その時の本人の気持ちを私たちに伝えてくれるのですから。

今日のこのお話の中で一番残ったのは
「(特攻に)行けと命じるのなら、まず自分から行け!」
ということでした。

生還した方は浜園重義さんとおっしゃるのですが
この方は前線で空中戦も経験したことのあるパイロットのベテランです。
それだけに、特攻作戦という、兵士と飛行機を無駄に消耗するだけの作戦に批判的だったといいます。
航空学校を出たての新人や、まして学徒兵として航空隊に入ってきた人たちにはそこまで考える余裕もなかったかもしれません。気づいていた人もいたでしょうが、批判や拒否ができるような時代ではありませんでした。
浜園さんのようなベテランであっても、特攻出撃命令を受ける。
正気の沙汰ではありません。

なぜ上記の言葉が残ったかというと
少しも考えることのない、ちょっと考えれば消耗戦でしかなく滅びるのはわかっているような愚かな作戦しか考えない司令官の無能さに腹が立ち、
人に「お国のために命をささげろ!」と命ずるのなら、まず自分が率先してみせるのが上官の役目だろう!
という怒りに共感したからです。

人の上に立つものは、それだけの義務を負います。
脳みそを絞りきるように考え抜いて、最善の方法を部下に命令する必要があります。
部下が喜んでそれを実行するような方法を指し示さなければなりません。
(現在ならボトムアップという方法もあるけど)

それを放棄するなら上司失格です。

さらに、自分が率先して動かなければなりません。
特に人の嫌がることなら、尚のことです。
そうでなければ、部下は本当にはついてきません。

ああ、声を大にして訴えたい!

私はまだ命がかかっていないだけ幸せですし、まだまだナマ温い世界に生きているということを実感するのですが。

浜園さんは最後におっしゃいました。
特攻隊員は、特攻隊員に限らずあの時代の人たちは
1日1日が命がけだった。

これくらいの覚悟をもって生きたことがあるでしょうか?
私はありません。
よくビジネス書で、自分のやりたいことを明らかにするために
余命○○だったら何をやりたいか?を考えるというのがありますが、
なんだかそれさえも遊びに思えてしまいます。

それよりも、こういう戦争体験を聞き、映画を見、本を読んで
自分がこの時代に生きていたらどうしていただろう?
何ができただろう?
と考えるほうが、より真剣に生きていけると思うのですが
いかがでしょうか?

考え方のひとつとして、やってみていただけたらと思います。

神風特攻がでてくる映画として私が知っている限りのものをあげてみます。

英霊たちの応援歌 最後の早慶戦

月光の夏

ウィンズ・オブ・ゴッド

連合艦隊

きけ、わだつみの声

他にもたくさんあると思います。
平和な時代に生まれたことを感謝して、命の重さについて考えましょう。

浜園さんの次に出てきた方は、終戦の玉音放送を録音した方でした。
その体験を見て、思うこともありましたので
それはまた改めて書いてみたいと思います。
posted by ひとみ at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 〜に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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