さすがに、勉強に集中しなきゃな、と思うのですが
ついつい、バレーボールワールドカップが気になって
テレビをつけてしまいます。
・・・で、試合につい集中してしまう・・・。
・・・一緒になって「ニッポン!ニッポン!」とやってしまう。
いけない・・・
さて、最近「ドラッガー名言集」を図書館で借りて読みました。
読んだというか、本当にざっと眺めただけというか。
じっくり読めるとよかったのですが
他の本だの何だのを読んでいるうちに
返却日がせまってきたので、流し読みしかできなかったのです。
その中で、ついつい注目してしまった章がありました。
この最後の部分です。
「自己開発」の章に書かれていた言葉
何によって憶えられたいか
このことについて考えてしまいました。
この章に書かれていたのは、くしくも昨日書いたこと
人生のシナリオづくり
と共通したことがあって、なんだか嬉しくなったのですが
このことを一生を通じて自分に問いかけ続けていくことが
大事なのだそうですよ。
何によって憶えられたいか?
つまり、欧米流にいうとしたら、墓碑銘になんと刻んでほしいか?
ということですか?
お葬式で仲の良い友人に、「○○はこのような人でした」と弔辞を
読んでほしいということですか?
私だったら、そうですね〜
「宇宙に行くことにあこがれるあまり、あこがれた人が誰でも自由にいけるように実際に道筋をつくってしまった人」
とか、いわれたいなぁ〜。
どうすれば、そういう風に言われるようになるんだろう??
・・・・実際に道筋をつくればいいのね(^^;
まぁ、今のところだったら、せいぜい
「整合性を愛した人」
くらいかなぁ。
しょっちゅう「それじゃ整合性がとれないでしょ!」と叫んでいるから(笑)
ちょっと情けないかも・・・・。
ちなみに、昨日書いた「死化粧師」でエンバーミングの生前予約をしていた女性は、プリザーブドフラワーをつくるのが趣味で
家でコツコツと紅い薔薇を作っていました。
いつかお嫁にいくときブーケにしようと思っていたそうです。
使う機会がこなかったけど・・・と話す彼女を見て
エンバーマーの主人公は、棺の中の彼女をその薔薇の花で埋めました。
そして、駆けつけてくれた会社の人たちに1本1本その薔薇の花を
あげたんです。
この薔薇も永遠。彼女のことも永遠に忘れないでって。
私には彼女みたいに覚えていてもらえるようなものを
何ひとつ作っていないな〜って、その時も思ったんですよね。
何か残せるといいなと思う今日この頃です。
ドラッガー名言集は1〜8までを流し読みしました。
ほとんど頭に入っていないのですが、
(今の私には難しい)
今日読んだ
「非営利組織の経営(ドラッガー名言集4)」
の中の一節が妙に最近考えていることとシンクロしていたので
思わず引用してしまいました。
この本は図書館に返却してしまうけど
このことについては密かに考え続けたいので。
第X部 自己開発
第1章 自らの成長
責任ある仕事
「全員が目的の達成には自分の存在が不可欠であると実感できるように仕事を組織すること」
成果をもたらすもの
「自らを成果をあげる存在にできるのは、自らだけである。他の人ではない。したがってまず果たすべき責任は、自らのために最高のものを引き出すことである。自らがもつものでしか仕事はできない。」
第2章 何によって憶えられたいか
働く環境を知る
「組織が腐っているとき、自分が所を得ていないとき、あるいは成果が認められないときには、辞めることが正しい道である。出世はたいした問題ではない。重要なことは公正であることであり公平であることである。さもなければ、やがて自らを二流の存在と見るようになる。」
所を得る
「日常化した毎日が心地よくなったときこそ、違ったことを行うよう自らを駆り立てる必要がある。」
「仕事を変え、キャリアを決めるのは自らである。自らの得るべき所を知るのは自らである。組織への貢献において、自らに高い要求を課すのも自らである。飽きることを自らに許さないよう予防策を講じるのも自らである。挑戦し続けるのも自らである。」
強みを生かす
「成果をあげる道は、尊敬すべき上司、成功している上司をまねることではない。たとえ私の本であっても、そこに載っているプログラムに従うことではない。指紋のように自らに固有の強みを発揮しなければ成果をあげることはできない。なすべきは自らがもっていないものではなく、自らがもっているものを使って成果をあげることである。」
成長の原理
「成長のプロセスを維持していくための強力な手法を三つあげるならば、教えること、移ること、現場に出ることである。第一に、うまくいったことをどのように行ったかを仲間に教える。相手が学ぶだけでなく、自らが学ぶ。第二に、別の組織で働く。そこから新たな道が開かれる。第三に、一年に何度か現場で働く。」
『何によって憶えられたいか』という問いかけ
「これは、自己刷新を促す問いである。自分自身を若干違う人間として、しかしなりうる人間として見るよう仕向けてくれる問いである。」

